有価証券届出書等に関する留意事項、資金調達・第三者割当・有利発行の開示審査基準
審査の目的と基本姿勢(第Ⅲ部3-1)
金融庁は、有価証券届出書等に関する審査の目的を
「投資者が投資判断に必要な情報を十分に得られるようにすること」と明記しています。
特に、増資・新株予約権・転換社債などの発行に際し、
発行条件の公正性・希薄化の影響・資金使途の妥当性を明確に開示することが重視されています。
有価証券届出書における開示上の留意点(第Ⅲ部3-2)
届出書の作成に際しては、次の項目について詳細な記載が求められています。
| 項目 | 記載の趣旨 |
|---|---|
| 発行の目的 | 資金調達目的、負債返済、設備投資等の具体的用途を明示すること |
| 発行条件 | 払込金額、発行価額、割当方法等を明確に示すこと |
| 影響分析 | 希薄化の程度、既存株主への影響を定量的に説明すること |
| 利益状況 | 業績推移・利益計画を根拠として、資金調達の合理性を示すこと |
| 第三者割当の場合 | 割当先の属性・関係・選定理由・払込資金の原資を記載すること |
届出書は「投資者が自ら判断するための開示文書」であるため、
形式的な記載ではなく具体的かつ定量的な情報の提示が求められています。
第三者割当増資に関する審査(第Ⅲ部3-3)
第三者割当増資における開示審査の着眼点として、金融庁は以下を明記しています。
- 割当先の公正性
割当先と発行体との関係、支配権の移動の有無、取引先・主要株主・役員関係者等との関係性を詳細に開示すること。 - 発行価額の妥当性
時価との差異、ディスカウントの根拠、算定方法を具体的に記載すること。 - 希薄化の影響
発行後の持株比率の変化、潜在株式を含めた希薄化率を算出し、投資者に明確に示すこと。 - 資金使途と企業価値向上への寄与
調達資金がどのように事業価値の増大に結びつくかを説明すること。
これらの項目が不十分な場合、訂正指導または届出の一時留保対象となります。
有利発行の判断基準(第Ⅲ部3-4)
「有利発行」とは、時価より著しく低い価額で新株等を発行する行為を指し、
金融庁は次の観点からその妥当性を審査するとしています。
- 発行価額が市場価格から乖離していないか
- 発行価額算定の根拠(株価算定書、取締役会資料等)が合理的か
- 発行により特定株主が支配力を得る結果となっていないか
- 少数株主の利益を著しく害するおそれがないか
有利発行の該当性が疑われる場合、発行体には合理的説明責任が求められ、
説明が不十分な場合には届出受理が見送られることがあります。
希薄化開示の取扱い(第Ⅲ部3-5)
株式発行に伴う希薄化については、
「発行済株式総数に対する新株の比率」を明確に算出し、
さらに潜在株式(新株予約権、転換社債等)を含めた潜在的希薄化率も記載することが求められます。
投資者が資本構成の変化を把握できるよう、
発行前後の株主構成を表形式で示すことが推奨されています。
新株予約権・転換社債の開示(第Ⅲ部3-6)
ストックオプション、新株予約権付社債(CB)、転換社債(CB)などを発行する場合には、
次の事項を記載する必要があります。
- 行使価額・転換価額の決定方法
- 行使・転換の期間および条件
- 行使・転換による株式数の上限
- 希薄化率の試算および既存株主への影響
また、行使価額修正条項(いわゆるMAB条項)を設ける場合には、
その具体的算定方法および修正トリガー条件を詳細に開示することが指導されています。
資金使途の変更と訂正開示(第Ⅲ部3-7)
有価証券届出書で記載した資金使途が変更となった場合には、
速やかに訂正届出書を提出することが求められます。
また、変更理由が経営判断に基づくものである場合は、
その経緯・背景・取締役会での審議内容を具体的に開示し、
投資者に誤解を与えないよう配慮することが必要です。
特定株主との取引・資本政策(第Ⅲ部3-8)
親会社・主要株主・取締役等が関与する資本取引については、
利益相反の有無や支配関係の変動を中心に審査されます。
- 第三者割当先が支配株主となる場合は、その影響を分析する。
- 親子上場関係における取引では、少数株主保護の観点を明示する。
- 関係者間での取引条件は、独立第三者意見・算定書等を用いて客観的に説明する。
届出書訂正・受理の留意事項(第Ⅲ部3-9)
審査の過程で重要な記載不備が判明した場合、
届出書は「一時留保」とされ、修正後に再提出することが求められます。
特に以下のケースが対象です。
- 有利発行に該当する可能性があるが合理的根拠が示されていない場合
- 希薄化影響の記載が欠落している場合
- 割当先や資金使途の実態が不明確な場合
訂正後もなお不十分な場合には、受理拒否の対象となり得るとされています。
まとめ
第Ⅲ部は、発行体が資金調達を行う際に遵守すべき開示原則を体系的に示したものです。
特に以下の3点が審査の根幹を構成しています。
- 発行価額・割当先の公正性
- 希薄化と少数株主への配慮
- 資金使途の明確性と合理性
有価証券届出書の審査は、企業の資本政策そのものの妥当性を問う行政過程であり、
形式的な届出作業ではなく、投資者保護と市場公正を維持するための実質審査であると位置づけられています。

